無鑑査刀匠 兼圀 二尺四寸 拵入

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商品コード: 01-1946 商品カテゴリー: ,
登録 Registration Code 平成25年5月9日 神奈川県教育委員会
種別 Category 刀katana
長さ 72.8cm
反りCurvature 1.7cm
目釘穴 a rivet of a sword hilt 1個 one
銘文Signature and Date (表)兼圀
(裏)昭和五十三年二月吉日
元幅Width at the bottom part of blade 34.0mm
先幅Width at the top 25.1mm
元重Thickness at the bottom part of blade 7.3mm
先重Thickness at the top 5.0,mm
重量Weight 刀身710g、抜身950g / blead just 710g . wirhout saya 950g
時代 Period 昭和後期 syowa

説明

「体配」
鎬造り庵棟、身幅太く重尋常、鳥居反りで中峰。茎は生で鷹の羽鑢がかかり、茎尻は入山形。
彫物は片チリの棒樋がハバキ元で丸留となる。

「地鉄」
板目肌が良く摘み地沸が良く付く。

「刃紋」
華やかな丁子刃、足良く入り、刃中は葉、金筋が入る、帽子は乱れ込み小丸に返る。

「特徴」
兼圀刀匠は本名、尾川邦彦。大正14年1月25日生まれ。昭和14年に小川兼國刀剣鍛錬所に入り鍛刀を修業し、昭和17年~19年、千葉刀剣製作所にて、全国最年少の陸軍受命刀匠となり初銘を「圀忠」と名乗る。また自らも中国戦線に赴いている。
終戦後は農業や養鶏、洋食器のナイフ研磨などの職に就く。日々の仕事をこなす傍ら、刀剣制作への熱い思いは絶やさず持ち続けていた。
47歳の時、再び刀工の道を進む決意をする。しかし、受命刀匠の証明書が戦火で焼けてしまい、実績を証明するものは、何一つ残っていなかった。しかし日本刀を作るためには、文化庁の認可が必要。それには最低5年間、刀鍛冶に弟子入りしなければならない。兼圀氏はもう一度原点に立ち返り、昭和47金子孫六(兼元)に入門。再び認可を得たのは、52歳の時だった。
その後、昭和52年に作刀承認を受け、同年に岐阜県関市武芸町八幡にて工房を設立して独立する。
それからの兼圀氏の活躍は、めざましいものであった。平成7年以降、新作名刀展で数々の賞を連続受賞。平成18年には、刀匠界で人間国宝に次ぐ名誉とされる「無鑑査」に認めらる。また同20年には岐阜県重要無形文化財認定保持者の栄誉に輝いている。八十路を越えて尚、実子の兼国とともに武芸八幡町にて槌音を響かせていたが、平成24年11月26日に、ご逝去されました、享年87歳。
本作は兼圀刀匠が作刀承認を受けた翌年の作品ですが、27年間のブランクを感じさせない既に完成された作品です。
板目肌が良く詰んだ地鉄に丁子刃を焼き、足良く入り、刃中は金筋、葉が入る。拵は、縁頭コジリが鉄地肥後唐草銀象嵌、目貫は武具の図です。鍔は時代の物で鉄地木瓜形十文字雁金透かしです。
本刀は身幅が太く豪壮な体配ですが、重量軽くバランス良く、刀身の出来も良く、拵もしっかりしており、ご購入が直ぐに居合に使えます。

「拵」
ハバキ:銀無垢一重の腰祐乗。
鍔  :鉄地木瓜形十文字雁金透かしです
縁頭 :鉄地肥後唐草銀象嵌。
コジリ:鉄地肥後唐草銀象嵌
目貫 :武具の図。
柄  :鮫は親粒が付き巻き鮫、柄巻は正絹黒の諸捻り巻き。
鞘  :黒石目。

「刀剣の状態」
研ぎ:古研ぎのため、ヒケが有ります。
傷:欠点に成るような傷は有りません。